2024年5月13日 住職ご挨拶

はやくも令和6年は5月になります。

今年はとても気ぜわしく、あわただしく、日々が矢のように過ぎていく気がします。

齢のせいか?とも思いますが、あっという間に5月になっています。

お寺には定休日がありませんから、ゴールデンウイークなど全く気にせず過ごしてきました。

家族と旅行に行くとかもありませんでしたから・・・。しかし、今年は愛知県まで法要に出向きましたから、ゴールデンウイークの混雑を身をもって知ることが出来ました。これまで新幹線には幾度も乗りましたが、全席指定席だとか、満席だとか、聞いたことのないことを経験させていただきました。

また、大先祖のお墓参りに青森県まで行きました。新型コロナ禍でずーと行けず5年ぶりの事でした。

一月一日から、能登半島地震に襲われたのが年の始まりでした。亡くなられた方々の冥福をお祈り申し上げ、未だに避難生活を続けておられる多くの方々にお見舞いを申し上げます。

私たちは、苦しんでいる被災地の方々の為に義援金を届けるべく努力しています。東日本大震災とはまた別の問題があり、なかなか復旧が進んできません。復興を目指して何とか頑張って頂きたいものです。祈らずにはいられません。

また、3月11日は、「東日本大震災」の日でした。

これまた、五年ぶりくらいに「唱題行ラリー」で多くの檀信徒の方々と共に、物故者のご冥福をお祈りさせていただきました。

東日本大震災の直後は、たまたま、私がこの地区の日蓮宗寺院の活動の責任者とでもいうのでしょうか「伝道センター長」でしたから、復興の手助けに少しでもなりたくて、複数回の「復興祈念団参」や「傾聴活動」を兼ねた慰霊の法要をさせて頂きました。

その時の活動内容や実際の活動を担当してくださったK上人が、今、伝道センター長として活躍してくださっています。今回の「唱題行ラリー」の会場が御自坊でした。

ご挨拶で「私も50を過ぎて・・・」と言われたのにびっくりして思わず、声をあげてしまい、ご挨拶を中断させてしまいました。

元気ハツラツ、若手のリーダーとして八面六臂のご活躍の姿が印象深く、50歳を過ぎているということは、私も齢を重ねてきましたが、復興が成し遂げられたか考えさせられています。

さて、長引く新型コロナ禍での行動制限も緩和され、日常生活が少しづつ取り戻されてきました。

やっと、年中行事を、新型コロナ禍以前に戻して行うことが出来るようになりました。今年の春季彼岸法要から、檀信徒の皆さんと一緒に、大きな声で法華経を読み、太鼓を打ち鳴らして、お題目をお唱え出来ることが出来ました。

そのうえで、要法寺が開創されてから400年になりました。

記念の法要を「要法寺開創400年記念法要」として「春季彼岸法要」と合わせて行うことが出来ました。ありがとうございました。

開創400年の記念すべき時に要法寺の住職をさせて頂けたことにとても深い仏縁を感じさせていただいております。大きな責任を全うできた喜びに浸っております。

今月も「笑顔で合掌」と元気にお過ごしください。


2024年2月1日 住職ご挨拶

 令和6年に入り、早くも一月が過ぎました。

甲辰の年は、何事も、始めるにふさわしい年、新たなる年とあちらでもこちらでも聞いていましたが、まさか、正月1日から激震災害に遭うとは考えてもおりませんでした。

20数年前には阪神淡路大震災、10数年前には東日本大震災、と続き、激震災害が繰り返されています。

新為まして、この度の能登半島大震災にて被災され尊い命を亡くされました方々のご冥福をお祈り申し上げます。重ねて被災された皆様にお見舞い申し上げます。

1月30日に、東京東部宗務所の集まりがあり、東部宗務所は1週間後には防災部が救援物資を、その時点で許された最前線にお届けし、また、募金活動を行い大勢の方々から「御心を」寄せていただことを知りました。身内のことながら迅速な行動に、「ありがたい」ことと感謝した次第です。

今後も、この激震に指定された大地震に心を寄せていこうと重ねて考えています。

お一人でも多くの方の「心寄せ」をお願いするばかりです。

さて、東京東部宗務所特に防災部の僧侶は、先の東日本大震災の折にも物心両面で活躍してくださいました。私もごく一部ではありましたが、「傾聴活動」「慰霊法要」「復興支援団参(200人からの東京東部寺院の檀信徒と一緒に少しでも復興のお役に立てるようにたくさんのお買い物もしました。)」などの参加させていただきました。さらに防災部では、幾度となく支援物資をお届けしその後も交流を深めて下さったことを承知しております。

また、忘れられなかったのは、岩手県釜石市の奥の上閉伊郡に「蓮乗寺」というお寺の事です。大学の学友で早稲田で陸上を続け走り高跳びのオリンピック候補にまでなった木藤養顕という恩人が住職のお寺です。ここは「井上ひさしの吉里吉里国」の地と言えばよいのでしょうか。ともあれ、地震発生後何日経っても釜石の事は報道されても上閉伊郡の事はいえ釜石以北の事はテレビのカメラが一度も入れない地でした。ここに防災部の方々が、「蓮乗寺」にピンポイントで救援に入って下さり、写真に収めてきてくださいました。その時に髙台なのに津波で流されたプロパンボンベが元で爆発炎上して壊滅状態の「蓮乗寺」の焼け跡を片付けて下さったおかげで、蓮乗寺は地域で一番早く「仮本堂?」が建てられたと聞きました。その写真を見て、住職の結婚式にお邪魔したあの光景はどこにもなく、何もなく、ただ、ただ、涙が流れて止めることは出来なかったことを今でも忘れられません。ありがとうございました。

これから、私たちは日蓮宗の仲間が能登大震災の被害を受けて大変な思いをしていることを承知しておりますから、募金活動が主体になろうかと思いますが、心を寄せてまいりたいと思います。

1日も早く、現地の被災されたすべての人々が、前を向いて、進んでいけるように応援してまいりたいと思います。

 

10数年ごとにこのような激震災害に見舞われる私たちですが、今一度、自分が「その時」「その場」にいたときに、何をどうすれば良いのか?確認しておきたいと思いました。

丁度、『おおじしん さがして はしって まもるんだ』子供の身をまもるための本 清水奈穂著 岩波書店 を知りました。

私自身、「なるほど❢」と思った確認点が明確に明瞭に示されていましたので、多くの方に知って頂きたいと思いましたので記します。阪神淡路大震災の教訓が生かされているとのことです。

「8秒に いかに生きるか」

震災3つの時

1,      大地震が起こったその時

2,      大地震の大揺れと闘い逃げるその時

3,      避難生活を過ごすその時

 

阪神淡路大震災の時は亡くなられた人の80%が直接死でした。

 

「8秒を生きろ」

罹災経験者に聞くと、直下の揺れが1~2秒、遠い震源からの揺れが10秒。

まず、35秒続くカタカタが襲い、そしてすぐに大きなガタガタガタガタが23秒(まだこの時までは少しだけ動こうと思えば動けた。)

そして、ゴゴゴゴ、ドーン、ドンドンが頭に堕ちてきて大バクハツ。(こうなったら動こうにも動くも何も出来ない。)

死ぬという考えも浮かばないほどの大揺れ。縦にも横にも3~5分続きました。

こうした時間が過ぎた後は、全く音の無い不気味なシーンが長く続き、時々ドーンが起こりました。

このことから大地震が爆発するドーンガーンの前の「8秒」という間に安全な場所に身体を移動させることが非常に重要なことが分かります。

地震と感じたら「8秒」を目途に「ともかく生きる」ための「動き」をする。

それが「生きるか死ぬか」の分かれ目です。

8秒はとても短い時間。でも、私たちは、その後の国や学校の子供指導や実証実験を通し「8秒あれば十分どうにか出来る」ということをしっかり確認しました。

 

キーワードは、「さがして(ウサギ) はしって(ネズミ) まもるんだ(カメ)の3つです。」

安全を守るポーズを動物に例えて覚えるものです。

2歳くらいから練習することをお勧めします。

 

まず、「じしんだ バーン❢」で、8秒以内に安全な場所に逃げ込む。

8秒の大揺れが始まった時、ウサギさんが何かあったときにやるように とっさに頭上や周りを素早くクルリンと見ること。人間は怖いとき自分の眼の下がせいぜい、目の前しか見られないことが多いのですが、物が飛んでくるのは真上だったり 斜め上 斜め後ろ だったりします。「ウサギさんのポーズ」は上や斜め後ろなど 普段見ないところにあえて目を向けて「危ないモノが飛んでこないか? 落ちてこないか?」と素早く察知するためのポーズです。 

 

次に、ネズミさんのように サッと素早くテーブルの下や部屋の隅に潜り込みます。

身体を低くして素早くです。

じしんだ バーン❢ といった後に、ウサギさんのように周りを見渡し ネズミさんのようにシュルシュルと安全なところまで逃げ込めばOK❢ (この間8秒)

 

そして逃げ込んだ後、そこでカメさんのように しっかり首根っこや体全体を守ります。手も足も引っ込めて。出来るだけ①体の面積を小さくする。②首の後ろを守る。 の2つがポイントです。

どんなに周りで大きな音がしても 安全な場所にいれば音では死にません。(1~5分はその場で耐えて命を守る。)

そして、地震は必ずおさまります。(余震がまたあるとしても・・・。)

止まるまでそこで体を守るのです。

 

8秒を素早く生き抜くには、比較的安全な場所を 前もって知っておく必要があります。

普段どこに行っても 安全な場所を見つける訓練をしておきましょう。

 

安全な場所とは

   上からガラスなど落ちてこない

   前や横から倒れてこない(本箱や塀など)

   滑って動いてこない(ピアノやくるまなど)

   ①~③の物をしっかり受け止めることのできる場所。出来れば身体全体を守ってくれるテーブル・机などの物があるという条件を備えた場所。部屋の何もない角が目安となります。

いざというときの「避難場所」を決めておきましょう。

 

今月も「笑顔で合掌」と元気にお過ごしください。


2023年12月1日 住職ご挨拶

 2月になりました。

師走とは、仏教用語から来ています。お小僧さんばかりでなくお師匠様までも走らなくてはならないのが暮れの季節なのだとか。

今年は暖冬なのだそうです。11月は晩秋・初冬とも思えないほどの気候でした。各地で地震がありました。昨日はインドネシアでもM7の地震が起きました。世界中で天変地夭が起こっています。新型コロナ感染症はいまだ終息していません。その上、インフルエンザが大流行しているそうです。

自分の身は自分で守るしかありません。これまで同様に用心に用心を重ねて、元気に機嫌よく楽しく過ごしましょう。

さて、11月30日に、新型コロナ禍で中止が続いていました「信行の集い」が東部宗務所伝道センター主催にて開催されましたので、参加してきました。

午前10時開会式。鈴木貫元宗務所長のユーモアあふれるご挨拶にて1日が始まりました。

司会は塚原一乗師。普段からいろいろな場面でお会いし会話をしそのお人柄は承知していましたが、マイクを通しての肉声は初めてでした。名司会は落ち着いて聞き取りやすく「えっ?」と思わず心の声が出るほどでした。こんなに上手だったなんて知らなかった「ごめんなさい。」

続いて「いのちに合掌 平川山法恩寺 江戸十大祖師特別開帳 立正安国世界平和音楽大法要」です。久しぶりの「信行の集い」での参加寺院総出仕の大法要です。龍笛・笙・篳篥の三管による優雅な雅楽の調べに乗って、美しい御衣に身を包んだ大勢の僧侶が静々と入場して始まりました。この「信行の集い」に参加してくださる各寺院の檀信徒の方々は、多くがリピーターだと聞いています。さぞや、毎回の参加ですから皆さんリラックスしてお迎えになっているかと思いきや、結構な緊張感の中にお迎えになっていることが察せられました。確かに、雅楽の調べの出来栄えも素晴らしいものでしたから、感動の中にこの時をお迎えしたことは理解できましたが、やはり、新型コロナ禍で「信行の集い」が四年間も開催出来なかった「くやしさ」「さみしさ」を僧侶と共有するほどの「信仰心」を参加してくださった皆さんの「思い」として湧き上がっていたと感じました。

その後、ウクライナ支援コンサート 

ウクライナ歌手カテリーナさんによるウクライナ民族楽器バンドゥーラの演奏と歌

この時、東部宗務所からの支援金が手渡されました。また別に、参加者から募金箱での支援も行われました。

私は、ウクライナ民族楽器バンドゥーラの音を聞くのもその名を聞くのも初めてでしたが、哀愁こもる音色に喜悦しました。形はギターとハープを重ね合したようです。ハープのような音色かなと思っていましたところ、「ピアノ」が一番近い楽器だとお聞きしました。

カテリーナさんは「風邪を引いたみたいで声が出なく申しわありません。」と仰いましたが、初めて聞く私などはそれでもうっとりして居たのに、川島秀存伝道センター長は過日自坊で同様のコンサートを行いカテリーナさんの高音の透き通るような歌声を聞いていたといい、「今日は残念でした。」と私たちを落胆させました。「うらやましいな。一度風邪をひいていないカテリーナさんのコンサートを川島師の自腹でやってもらおうか? ・・・ なんて。

昼食を挟んで午後一番は阿部泰雄布教師会長による「いのちに合掌」のご法話。

私も阿部会長のお話をお聞きするのは初めてでしたが、朝から参加してお昼ご飯を済ませてなんとなく眠気もやってくる時間でしたが、そのお話はユーモアにあふれ、お経やご遺文は要を得て、立て板に水のごとき話法にあっという間に50分が過ぎていました。素晴らしい法話でした。

思わず隣にいた布施慈宣宗務副長と「阿部会長のお話はいいね❢」と言い合ってしまいました。

機会があれば、ぜひ、一度ご聴聞ください。

続いて東部修法師会による「御祈祷・修法加持」

さすがに外山寛実会長はじめ10人以上にも及ぶ大荒行堂成満の修法師による読経は、広い法恩寺本堂もその声が響き渡っていました。僧侶には撰経頂戴してもらえませんでした。してほしかったのは私だけだったでしょうか?さほどのありがたい御祈祷でした。

午後3時、最後に「閉会式」

前述の川島秀存伝道センター長が美声をもってご挨拶され、4年ぶりに開催された「信行の集い」は終了しました。

参加者の複数から、鳥取砂丘での「ラクダ体験」の思い出を楽しそうに・懐かしんで声掛けいただき恐縮するやら・・・人と人とのつながりは大切だ・ありがたいとつくづく思わせていただきました。

次回が楽しみになる「信行の集い」でした。「団参」もあるし・・・。

 

今月も「笑顔で合掌」と元気にお過ごしください。


2023年11月1日 住職ご挨拶

 1月になりました。

昨日11月3日に宗祖日蓮大聖人「第742遠忌」報恩法要を厳修しました。

当山では、いまだ新型コロナ感染症が終息していないので、檀信徒の参列をご遠慮いただき寺族の身にて執り行いました。寺族のみの御会式はすでに4回目となりました。さすがに寂しいと感じました。近在の御寺院方は、今回の御会式は檀信徒の参加を許可しておられる情報が入手できましたから、よほどの新型コロナ感染症の増加など喫緊の条件が変わらないようならば、総代・役員と会合して、来春の「春季彼岸会」から檀信徒と一緒に法要をすることが出来るように準備したいものだと考えています。

さて、11月と言えば「霜月」です。

本来ならば、地面が凍てつき「霜」が降りるというところから「霜月」というのですが、この数日は、異常気象で「夏日」です。

昨日は半ズボン・半袖シャツでお墓参りに来られた方もいました。

当に、「異常」です。

気象だけではありません。

異常気象がもたらす「くま」「イノシシ」そして「サル」「シカ」などの獣が、私たち人間の生活圏にまで侵入してきています。

それのみならず、大勢の方が命を落とし、怪我を負わされ危険な目に遭っています。

クマなどは、この時期は本来ならば,冬眠前に「ナラ」「ブナ」などの実を沢山食べて具えるのに、異常気象によりそれらが全く結実せず、食べるものが無くなって食べ物を求めて人里に出てきているのだそうです。他の獣も同様の事が言えるのでしょう。

国内ばかりではなく、昨日のNHKのニュースでは、イギリスはじめ大西洋に面したヨーロッパ各地で、偏西風が乱れ、巨大台風なみの嵐が吹き荒れて大きな被害をもたらしているようです。

一方、ハンガリーでは、例年ならば越冬のためにアフリカ大陸に移動しているはずの鶴が、居続けてしまっているとか。

日本に戻って、各地で地震が起きています。特定の地域ではなく日本全国と言ってもよいほどあちらこちらで発生しています。そのせいなのかわかりませんが、海産物にも異常が見られます。

沖にいるはずの「サンマ」が近海で入れ食いと言えるほど大量に釣れたり、この時期には稀な大型マグロが日本海で取れたり・・・、大阪湾内に「イルカ」が30頭も群れを成して入り込んできたりと枚挙にいとまがありません。

どうしても私たちは、普段と違うことが起きると、何かの前兆ではないか?と考えてしまいます。

どうか何も起こらないように祈るばかりです。

 幸いにして、私たちは「祈る」ことが出来ます。

南無妙法蓮華経と唱えることが出来ます。

今月も「笑顔で合掌」と元気にお過ごしください


2023年10月1日 住職ご挨拶

 10月になりました。

衣替えです。

昔はきちんと6月と10月には衣替えをしました。

日本の四季が順調に移り変わっていたのですね。

東日本大震災の前くらいから、日本の四季がおかしくなってきました。

昨今では、5月のゴールデンウイークには私服も半袖が欲しくなりますから、「御衣」も夏用にしています。本来の「衣替え」は、6月なのですが、致し方ありません。一月ほど前倒しに「衣替え」をせざるを得ません。

振り返って思えば、私が出家した昭和の時代は、まだまだ昔からの慣例が重んじられていましたから、今のように「暑いから夏もので」ということは許されませんでした。厳格な老僧ばかりでなく、一般社会の方々からも、許されないものでした。

ただ、その時代と今では、気象条件も違えば生活様式も変わっています。

 

また、今月は日蓮宗では大切な「御会式」があります。

御存知のように「御会式」は日蓮大聖人の御命日の法要です。

日蓮大聖人は一生をかけて、命がけで、法華経を現代に、私たちに、伝え、遺してくださいました。私たちは感謝を込めて報恩の法要を営みます。

万灯練り供養を行う寺院もたくさんあります。万灯練り供養は万灯練り行列とも言いますが、元々、池上本門寺様の「御会式」に参加する方々が、日蓮大聖人が亡くなられた午前8時の法要に間に合わせるように、夜通し歩いて参加したところから、夜の行事になったと考えられます。

当山は、11月3日午後2時から「御会式法要」を昔から行って来ました。

いまだ新型コロナ禍ですから、報道はあまりされていませんが,新型コロナ感染症とインフルエンザの流行が重なって、薬が富そうしているという現状があります。

よって、当山は「御会式法要」も今までの新型コロナ化と同様に、檀信徒の参列はご遠慮願い行うように考えています。

 新型コロナ感染症は、特効薬がないのですから、用心に用心を重ねて対応するしかありません。

 

今月も「笑顔で合掌」と元気にお過ごしください。


2023年9月1日 住職ご挨拶

 9月になりました。

いまだ猛暑の日々です。熱中症にはくれぐれも注意しましょう。

また、いまだ新型コロナ禍です。

第9波の始まりを各地からうかがい知ることが出来ます。

毎週金曜日に感染者数が発表されますが、以前のような具体的な感染者数の発表ではありませんから、「ピンとこない」状況です。

しかしながら、8月31日には、青森県が、県独自の「注意報」「警報」を発令することを決めたそうです。早速、初日から「注意報」が発令されたそうです。

いよいよ、自らの命は自ら守る、用心に用心を重ねて生活するしかありません。

ちなみに、全国で8月中に、新型コロナ感染症による学校閉鎖が129校に及んだと聞きました。

NHKのニュ―スはこれを取り上げていません。

誰もが知る大百貨店が海外に売られるとか、そこの従業員がストに突入したとか、福島原発の処理水を30年かけて放出するとか、他のニュースが飛び交っています。

あまりにも多種多様な事柄が目まぐるしく動いています。何が正しくて何を信じれな良いのか?

私たちの心はどうにもおさまりません。

こんな時こそ、法華経方便品にある「執着の心を離れる」という妙法蓮華経を読みませんか?

お経なんて難しくて・・・などと思わないでくださいね。

日蓮大聖人は

「以信代恵」と教えてくださっています。難しい智慧・知識を知らなくとも妙法蓮華経を読誦し信仰するならば、一心に信じることこそ救われるのです。

また、「法華題目鈔」というお手紙の中には「信心あらん者は 鈍根も 正見の者なり」と教えて下さっています。

 

9月23日は「立秋」 「秋季彼岸のお中日」です。

「彼岸」とは『岩波佛教辞典』によれば

かなたの岸。目指す理想の境地。煩悩の激流ないし海(此岸)から、修行によってそれを乗り切った向こう岸、つまり❝輪廻❞を超えた❝涅槃❞の境地のこと。わが国では、古くからの習俗を混交して、3月の春分と9月の秋分にそれぞれ7日間行われる❝彼岸会の事を指す❞。

この7日間に「六波羅蜜」を修行する。

大乗仏教において「菩薩」に課せられる6種の実践徳目で、「六度」ともいわれる。

「布施」財施、法施(心理を教えること)、無畏施(恐怖を除き、安心を与える)の三種

「持戒」戒律を守ること

「忍辱」苦難に耐え忍ぶこと

「精進」たゆまず仏道を実践すること

「禅定」瞑想により製紙意を統一させること

「智慧」真理を見極め悟りを完成させる

と、『岩波佛教辞典』には書いてありますが、難しいことを優しく説くのではなく、難しいことの代わりにお題目をお唱えすれば良いというのが今日の私のお話です。

信心とは、心をどのように執着することから解き放つかに尽きるのではないでしょうか。

プロ野球選手としてまたプロ野球監督として活躍された野村克也さんの言葉に

「心が変われば 態度が変わる

態度が変われば 行動が変わる

孝道が変われば 習慣が変わる

習慣が変われば 人格が変わる

人格が変われば 運命が変わる

運命が変われば 人生が変わる」

というものがありました。

私たちが目指すのは、清らかな心です。

今月も「笑顔で合掌」と元気にお過ごしください。


2023年7月4日 住職ご挨拶

 7月になりました。

いまだ梅雨です。いまだ新型コロナ禍です。

毎日うだるような暑さの中です。

いかがお過ごしでしょうか。

私は用心に用心を重ねて日々過ごしておりますが、初風邪をひいてしまいました。

これほど用心して暮らしているのに・・・。

残念というより、悔しくて仕方がありません。

「安心」というものが欲しい。

「もう大丈夫だよ」とはやくならないものでしょうか。

 

7月と言えば「お盆」です。

正式には「盂蘭盆会」と言います。7月と8月に行われています。

旧暦と新暦の違いでしょうか? 東京(都会)と田舎の違いでしょうか?

どちらが正しいとか間違っているとかというものではないようです。

ご先祖様が、お盆に実家に里帰りなさるとでも考えて頂ければよいのではないでしょうか。

要法寺では、平成の初めくらいまでは8月盆が圧倒的に多く7月盆はまだまだ少なかったと思います。

令和になってみると、圧倒的に7月盆が多くなってきています。

お葬式で、代替わりが行われる度に、8月盆から7月盆に変わってきているということが言えるようです。

ほとんどの家庭が、サラリーマン家庭になっていますから、8月のお盆辺りは、子供の学校も休みでパパの会社も休み。ましてや、共稼ぎの家庭ならママもお休み、となれば、家族で旅行をしたり、ママの実家に里帰りしたり・・・と考えたくなるものです。

そこで、東京のご先祖様は7月盆でご供養することに変わっていくのかもしれません。

結果、要法寺の檀家さんのお盆の供養は8月から7月に移行してきたのではないでしょうか?

また、現実的に(我が家は個人的にいまだ8月盆)8月盆でご供養しようとしましても、お仏壇にお供えする品々が8月には、どこを探しても打っていないことが多くなってきました。

お供え物を置く、「蓮の葉」は生だけではなくビニール製も売ってません。

「竹」も「ガマの穂」も「ほおずき」も「盆ござ」も・・・。

無い無いづくしでやがて8月盆は諦めて7月盆にせざるを得ないのかもしれません。

何が正しくて何が間違っているとは言い切れるものではありませんが・・・。

 

考えてみれば、要法寺の「盂蘭盆会施餓鬼法要」ですら、長年にわたり、8月16日に行っていたものを、今では、あまりの酷暑から参詣者を守るために、5月の第4日曜日に移行して、早くも10数年が過ぎました。

日時を変更する時には、いろいろ変更する事情をお伝えしたつもりでしたが、いまだに、お盆の御供養はいつですか・・・という問い合わせが来ます。

お盆は、5月第4日曜日の「お施餓鬼」として行っています、と言っても、納得しきれない方がまだまだおられます。

今月も「笑顔で合掌」と元気にお過ごしください。


 2023年6月2日 住職ご挨拶

 6月になりました。

当に梅雨です。

例年より5日ほど早いようです。気象庁が梅雨入り宣言のむつかしさを伝えていましたのでそれを書こうかと思いましたが、もっと大変な気象情報がありました。

昔から、6月と言えば「衣替え」と誰もが知っていました。もちろん僧侶が冬物の御衣から夏物の御衣に替えるところから発生した言葉・慣習です。

しかしながら、東日本大震災の前辺りから、日本の気候が激変して、その昔6月に入ったら「衣替え」をしていたことを笑いたいくらい、5月のゴールデンウィーク辺りになると冬物の御衣では暑くて暑くて、汗をかき御衣が傷んでしまうという事態になってきました。

また、要法寺の年中行事の一つである「盂蘭盆会施餓鬼法要」は東日本大震災前までは、8月16日に恒例として行っていましたが、現在は参加檀信徒の対暑の一つとして、5月第4日曜日に移行しました。(現在は新型コロナ禍の為、法要は檀信徒の参加をご遠慮いただいています。住職とお寺の者だけで行っています。)

また、日蓮宗寺院は、お互いに助け合い、お互いに「盂蘭盆会施餓鬼法要」に出仕し合います。少し前までは、御衣は冬物か?夏物か? などと相談しておりましたが今ではほぼ間違いなく夏物となりました。

私の「御衣替え」は、5月のゴールデンウィークではなくて、組寺のお施餓鬼ロードと言えます。

 

さて、今年は、47年ぶりに、冬のラニーニャ現象と夏のエルニーニョ現象が同時に起こるという珍しい年だそうです。

私の個人的な記憶から言うと、「エルニーニョ現象」という言葉を耳にするようになったのは20年ほど前の事でした。例の「平成の米騒動」を覚えていましょうか?

農業の盛んな日本なのに、お米を輸入しなければならないという危難に襲われました。

日照時間の不足が原因で深刻な米不足になったのです。

価格が高騰し、政府はこの時、外国産の米の緊急輸入に踏み切りました。苦肉の策でした。

学校給食をタイ米にしたことも覚えています。

私は、国産のお米しか食べたことがありませんでしたから、タイ米という「長米」を初めて食べました。形と言い、粘り気の無さと言い、甘みを感じられない味と言い、やはり、お米は日本国産がいいなあと思ったことを思い出します。お料理によっては「長米」もおいしくいただけるとも言われました。カレーライスなどは「長米」の方が美味しいとか・・・。

 

「エルニーニョ現象」は、南米沖の海水温が平年より高くなることを言います。

世界中に、干ばつや洪水を発生させ甚大なる被害を生じます。

南米沖の海水温が高くなると、まず、積乱雲が発生しやすくなります。この海水温の上昇は、大気の流れを動かす力となり、日本の夏に太平洋高気圧を弱める力となります。

そして、梅雨は長引き、冷夏となり、やがて暖冬になりやすいと言います。しかし逆に、「ラニーニャ現象」が原因で暑さが残る可能性もあるといいます。

はっきりしてくれ❢と言いたくなりますが、何せ、自然が相手ですから・・・。

 

また、世界気象機関というところが5月17日にこのような発表をしたそうです。

今年から5年間のうちに少なくとも1年の平均気温が観測史上最高となる可能性が98%。そして地球の気温が未知の領域に入ると警告しました。

温暖化によって、日本で気温以外の影響もあります。気象庁は特に、短時間に降る猛烈な雨が増えている為に、急な浸水や小さな川の氾濫に警戒して欲しいと呼びかけています。

今まさに、台風2号が日本列島を襲おうとしています。当初の危険な巨大台風から勢力は衰えたと言いながら、梅雨前線が日本列島を覆っている現状と組み合わさり、大きな被害が懸念されています。幸いにも進路が東方にどんどんずれてきていることが救いです。

被害が出ないことを祈らずにはいられません。

 

思い返せば、要法寺では、平成25年5月26日に本堂の「ご本尊完全解体修理・御宝前修復」の落慶法要を盛大に行いましたが、その前年に台風14号の風速38mにより倒壊した「大ケヤキ」の処置から始まった「境内排水大工事」で、昔からの境内墓地を完全に浸水から守り、さらにインターロッキングを張り巡らし、車いすでもお墓参りが出来るところまでに出来ました。

「昔からのお寺の墓地は、どこのお寺でも廃水設備などはされていません。まして、都会にあるお寺は、周りの道路が工事の度に高くなり、それに合わせて住宅を治すときには高くするので、お寺の墓地だけが低くなるのですよ。」と土木の専門業者は教えてくれました。当たり前ですよね。

そのうえ、短時間に降る猛烈な雨量は前代未聞でした。「境内排水大工事」の前には、ほぼ中央にありました「無縁塔」が短時間に降る猛烈な雨により、その度に浸水し、境内墓地のそれより奥の墓参には、長くつが必要となりました。普通にお参り出来るまでには2~3日待たなければならなくなってしまいました。

そのおかげで、逆に「無縁塔」は東の高地に移し「永代供養塔」「合祀墓地」として、美しくも荘厳に、金箔とプラチナ箔で彩どりされた「鳳凰」を前面に、真上には観音菩薩銅像に守られて護持されるようになりました。

境内も、境内墓地も、おかげさまで、気象庁が呼びかける、短時間に降る猛烈な雨が増えている為に、急な浸水や小さな川の氾濫に警戒して欲しいという危惧からは放念できているのではないでしょうか。

地球温暖化、一人一人が心を寄せて、力を合わせて考えなければ、実行しなくてはなりません。一歩一歩頑張りましょう。

 

今月も「笑顔で合掌」と元気にお過ごしください。


 2023年5月10日 住職ご挨拶

 若葉薫る5月です。

ゴールデンウィークも終わりました。例年になくあたたかな日々で助かりました。私からすれば一年の中でも一番過ごしやすい季節ではないでしょうか。

思い返せば、今年は桜前線も例年になく早く通りすぎていきました。いえ、異常に高温だったのかもしれません。東日本大震災の前年の高温猛暑を少しばかり思い出しています。何もないと良いのですが・・・。

さて、要法寺は、5月に施餓鬼法要を行います。

本来は、7月か8月に、「盂蘭盆会施餓鬼法要」として、お盆の御供養をするものですが、上記の「東日本大震災の前年」までは8月16日に「盂蘭盆会施餓鬼法要」として何十年も行って来ました。

ところが、「東日本大震災の前年」の8月16日は以上に高温で本堂に入った高齢者が倒れ救急車を呼ぶ騒ぎがおきました。総代世話人さんたちが年中行事には受付などにお手伝いに来ておられましたからすぐに相談しまして、「人命にかかわることだから対策を施さなければならない」と、気候の佳い5月に移すことが決まりました。

要法寺の「盂蘭盆会施餓鬼法要」には近隣の日蓮宗寺院からご出仕・お手伝いに大勢来てくださいますから、相談させてもらいましたところ、すでに、多くの近隣寺院が5月の陽気の佳いころに移動しておられました。しかも、空いていたのが、「第4日曜日の午後」だけでした。

それから今年まで、要法寺の「盂蘭盆会施餓鬼法要」は、5月第4日曜日午後2時から行うようになりました。

残念ながら、いまだ新型コロナ禍ですので、檀信徒の法要への参列はご遠慮していただいています。

近隣の御寺院のご出仕お手伝いもご遠慮申し上げています。

お布施・卒塔婆代などは郵便局の振替をお願いしています。

 

新型コロナ感染症は、第5類になりました。

終息していないのに、なぜ?という疑問や不安をかかえたままです。

インフルエンザと同じように、自己責任で、自己負担で対応しなさい。ということなのでしょう。

経済を優先しなくては、日本という国が世界で生き残れないという大きな不安は理解できますが、亡くなられる方が0ではない現実をどのように考えればよいのでしょうか。

上記お施餓鬼法要もそうですが、対応は、私たち自身の責任において行わなければなりません。

5類に政府が移行したから大丈夫などとはどなたさまも考えておられないでしょう。

用心に用心を重ねて、マスク着用、手洗いうがい、消毒、ソーシャルデイスタンス(三密回避)しかありません。

いつまで住職に任せてご先祖様の御供養が出来ないのか、イライラし始めた方が複数おられます。

年回忌法要は、参加人数を出来る限り少なめにしていただいて、お斎の席はご遠慮いただき、そのほかは、新型コロナ以前と同じように、檀信徒の皆さんは行っておられます。

不安な方・疑問のある方は直接、要法寺にお電話ください。

 

新型コロナ禍での数年の間に、スポーツが世界を日本を勇気づけてくれました。

サッカー日本代表がワールドカップで大健闘。

野球でも侍ジャパンがWBCで優勝・世界制覇しました。

日本中が湧きました。ありがとう。

その中で、あるニュースに触れました。

WBC東京ラウンドの大谷選手が東京ドームの自分の看板にぶつける大ホームランを打ちました。その記念ボールを拾ったのは都内の女子大生でした。

嬉しくて、記念の自撮り写メをとっていました。

周りにいた、知り合いでも何でもない人々は、彼女に願いその記念ボールを次から次に、受け取り受け渡し、どれだけの人の手を回ったのか分かりませんが、最後にはその記念ボールを拾った女子大生の手元に返されたそうです。

この文のここまで読んで、「わー、すごい」と思った人はおられますか?

私を含めてほとんどの人が、日本人なら当たり前のことだと普通に感じたと思います。

しかし、このことを、海外のメディアが驚愕と称賛を送っていたことはあまり知らされていません。

巨人軍の誰かさんが打ったホームランボールを子供から奪った大人の事は記事になっていましたが・・・。

話を戻して、何故海外の人から見たら大谷選手のホームランボールを拾った女子大生の手に再び戻ったことが異常に映ったのでしょうか。

己の損得を考えず、お宝探偵団に持ち込めば・・・。

NOと言えない日本人と揶揄されようが・・・。

そこには、日本人の持つ佛教の教えがあるのです。

諸々の悪事をなさず、もろもろの佳きことをなす。

自分一人が幸せになればよいのではなく、周りの全て人が幸せになりますように。

ある海外の記事には、日本人の「民度」が高い。という表現がありました。

「民度」とは普段あまり使いませんが、心の成熟度とでも解釈すればよいのでしょうか?

これまた、佛教の教えの賜物だと思います。

仏教は「ほとけのおしえ」と普通に読みますが、本当は、「ほとけに成るおしえ」と読みます。

佛・お釈迦さまは、自分が悟りを開いたことを誇るのではありません。

ご自身が、人間として生まれ、人間として修行し、人間として悟りを開くことが出来たように、すべての人々が、自分と同じように悟りを開くことが出来るのです。と説いて下さったのが法華経です。

仏教は、単なる学問ではなく、日々の信仰・信行すなわち、日々の行いが佛に成るためのもの、悟りを得るためのものなのです。

毎日、ボーと生きているのではなく、「ほとけに成るおしえ」を実践していきましょう。

今月も「笑顔で合掌」と元気にお過ごしください。


 2023年4月28日 住職ご挨拶

 暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものです。

桜花爛漫。

例年よりも少し早く桜前線が通過しています。

日本に四季があることは、とてもありがたいことだと思います。

殊に仏教徒にとっては、大切な、欠かせない春夏秋冬だと思います。

どれほど拘っても、執着しても、自然にはかないません。

執着を離れ、心豊かに、心を広く、あるがままを受け入れる。

そうしようと思ったその時から、すでに、悟りにいたっていると教えるのが佛教です。

すでに、心豊かに心を広く生きていることにきっと気が付きます。

 

さて、新型コロナ感染症は来月5月8日から、その位置づけが「5類」に引き下げられます。

そして、基本的な感染対策として個人に求められる「新たな健康習慣」を示しました。

5つの基本は、

「体調に不安や症状がある場合は、無理せず自宅で療養するか受診」

「その場に応じたマスク着用や、咳エチケット」

「換気、3密(密閉、密集、密接)の回避」

「手洗い」

「適度な運動と食事」

新習慣では、流行が落ち着いている時でも地域の状況に関心を持つことの重要性を指摘。

基本的な感染対策を一人一人が身に着けておく必要があるとした。<産経新聞3月9日>

 

これは何を言っているのでしょうか?

今まで「新型コロナ感染症」は全て国が費用を捻出してきましたが、これからは「季節インフルエンザ」などと同じ扱いにします。ということなのでしょうか?

隔離施設からワクチン接種から治療、投薬などなど全てを「季節インフルエンザ」と同じように有料の個人負担で行います。ということになります。

「新型コロナ感染症」が蔓延し時間が経過したころから、世界中で感染者が多数出ていたにもかかわらず経済活動の重視を模索する動きはありました。

日本も、感染リスクを重視する考えから、経済活動を重視する考えにハンドルを切った。

ある人は、「海外と比べたら遅すぎるくらいだ。」と言っていました。

私は、ずいぶん前から、日本製の口径治療薬が完成し私たちの手に簡単に入ることが出来れば、

「新型コロナ感染症」も「季節インフルエンザ」と同じくらいの対応で済ますことが出来るから、それまで、用心に用心を重ねて頑張りましょう。と、言い続けてまいりましたが、承認されたはずの日本製口径治療薬はどうなってしまったのでしょうか?

あまり効き目が無かったのでしょうか。それならそれで、隠さないで、事実を知らせてくれれば対策がはっきりと立てられると思うのは私だけでしょうか?

事実を隠すつもりはない。

と言われても、例えば、3月末に隣県市川市の医療施設でクラスターが発生したと聞きました。テレビ報道もありませんし、病院名も明らかではない情報ですから、デマかもしれませんが・・・。

このような「新型コロナ感染症」禍ですが、要法寺では、大切なご供養である「年中行事(春季彼岸法要・御施餓鬼法要・秋季彼岸法要・お会式)」に、未だに、檀信徒の方々の参加をご遠慮いただいております。

治療薬もない状態で、もし、クラスターが発生した時に、誰が命を守ってくれますか?
誰が責任をとることが出来ますか?

仮に、参加するとすれば高齢の方々がかなり多く集まられることは容易に推測できます。

そこで感染した時には、「その時」を迎える方も想定しなくてならないでしょう。

無責任な人は「仏さまが護ってくれるのではないですか。」などと言い放ちました。

しかし、

「人事を尽くして天命を待つ」

「誰かのせいにするのではなく、出来る限りの知恵を絞り対策を講じる。」

之しかないことは、どなたさまもご存じのはずです。

まだまだ年中行事に檀信徒を参加していただく段階ではないですね。

 

今月も「笑顔で合掌」と元気にお過ごしください。


2023年2月9日 住職ご挨拶

 立春です。

大寒も終わり、毎朝、門を開けに行くたびに、明るくなってきます。

日の出の時間が早くなってきました。

手水鉢にはもう氷はありません。

随分前です。私が、寒中修行で、夜、行脚をしていたころは、雪も結構降りましたし、手水鉢に氷が張るのは毎日が当たり前でしから、相対的には寒さは和らいでいると見た方が正しいのかもしれませんが、なぜか、今年は寒く感じておりました。

皆さまに置かれましてはお変わりなくお過ごしでしょうか。

 

寒さばかりではなく、詐欺事件、強盗事件と世の中がかなり物騒になってきています。

その中で、「ルフィー」なる人物らしき4人がフィリピンで見つかり、強制送還され身柄が日本に確保されました。この先、捜査がどこまで進むのかという問題がありますが、まずは一安心かな、というところでしょうか。

彼らは去年だけで30億円、累計60億円に及ぶ特殊詐欺をはたらいていたといいます。

 

えっ? 特殊詐欺って、令和4年は361億4千万円の被害ではなかったでしょうか。

「ルフィー」たち12倍の被害があるということは、「ルフィー」たちのようなグループが他に11もあるということなのかと愚案しました。

そこで、調べてみました。

 

特殊詐欺は、一番被害額が多いのは、「オレオレ詐欺」の121億1千万円。

2番目が新型コロナ禍特有の「医療費還付金詐欺」で53億7千万円。

3番目が「ルフィー」たちのような「キャッシュカードが布施に使われたと偽り被害者宅を訪れカードをすり替えて盗む詐欺」の43億3千万円でした。

 

NHKでも毎晩「私たちは騙されない」と題して、特殊詐欺にあわないように、注意喚起していますが、一向に特種詐欺は無くなりません。

 

こちらが用心するよりも、詐欺をはたらく者たちが「あのてこのて」で先手を打ってきます。

高齢者が狙われるのは、何もぼけているからではないと思います。若い人なら子育てやら何やらで潤沢な資産があるとは誰も思いません。子育ても仕事もやり抜いた方々は、多くの人が老後の為に資産を蓄えることが出来たと考えることが出来ます。少なくとも、若い世代よりも高齢者の方が潤沢だと誰もが考えられるでしょう。そこが彼らのねらい目なのでしょう。

詐欺事件の被害を聞くたびに、なぜ、これほどの情報が開示されているのに被害に遭う人が無くならないのだろうか?と思います。

 

これは、心理戦です。

落ち着いて考えることが出来たら、「そんなこと」はしない。

と思えるのに、「不安」にさらされると私たちの心は「平安」ではいられません。

彼らは、どこで学んできたのか、実に巧みに、私たちを「不安」に陥れます。

何とかしなくては❢

 

どうしたら、「平安」な心で対処できるのでしょうか。

一番には、いつも「平安」な心でいられるように、日々を暮らすことではないでしょうか。

たとえば、いつも、佛様・ご先祖様と一緒に暮らしている、護られていると実感することです。

そのためには、毎日、お給仕をすることです。

そして、祈りを捧げることです。

すなわち、法華経を読み・お題目を唱えることです。

 

「聖語ポスター」令和4年12月1日号『聖愚問答鈔』を読みなおしてみましょう。

佛を良医と号し 法を良薬に譬え 衆生を病人に譬う

とあり、その解説の中に

「泣き薬」「時薬」と「偲び薬」すなわち「供養すること」

の3つを教えています。

ここでは、「故人の為に花や好きだったものを供えるなど、何かをすることで自分の心も癒していく。

何かをしてあげられているという喜びに変わる可能性がある「偲び薬」が一番かもしれません。

上記の『聖愚問答鈔』では私たちを病人に譬えた場合、佛様(お釈迦様)は良い医者であり、仏法(法華経)は良い薬であるため私たちを救ってくださると教えて下さっています。

全ての人を救おうとされる佛様の大きな願いの中にいかされている私たち。

あなたの大切な人を思う願いは、仏さまの願いでもあるのです。

 

畢竟、日々の信仰こそが、私たちを守ってくれるのでしょう。

佛様・ご先祖様が護ってくださるのでしょう。

 

普段何気なく、ご先祖様を御守りしているつもりでも、その功徳はとても大きく、

わたしたちの心を「平安」に保つ力を与えて下さっているのではないでしょうか。

 

今月も「笑顔で合掌」と元気にお過ごしください


 2023年1月10日 住職ご挨拶

 明けましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願い申します。

年が改まりましたが、いまだ、新型コロナ禍です。

国産口径治療薬が開発、承認されれば終息すると思っていましたが、その後なかなか芳しい情報は流れてきません。残念です。

これまで同様に、マスクの着用・手洗いうがい・ソーシャルデイスタンス・人込みを避ける・・・の励行が自分の命を救う方法だと思います。焦らず、頑張りましょう。

今年のお正月は、お天気も上々で、穏やかな日々でした。ありがたかったですね。

ことに、おてんとうさまのぬくぬくに感謝です。

「おてんとうさま」は「御天道様」と書きます。

日本人の感覚で「…様」という言い回しは、「おかげ様」の精神から生まれてくるものではないでしょうか。

これは、日本人が「感謝の心」を持ち続けていることの表れだと思うのです。

自分の力で生きているのではない。自分だけで生きているのではない。周りの人々、その人々の情愛・やさしさ、目には見えない大きな力などなど私たちは、自分以外の沢山のお力添えを頂いて生きているのです。

これを一言で「感謝の意」で受け止めます。そして、太陽の恵みには「おてんとう様」「お月様」「お星さま」・・・すべてに「おかげ様」と。

日々、感謝の心を忘れずに過ごしましょう。

 

さて、お正月の定番は「駅伝」です。

1日は実業団。2・3日は「箱根駅伝」。素晴らしいレースを見せてくれました。

続いて、ラグビー。大学も高校も有力校が実両区を発揮したそうです。

さらに、サッカー。高校サッカーは準決勝から国立でプレーするということで盛り上がっていました。

高校野球は「聖地」が甲子園です。サッカーの「聖地」は国立なのですね。

夢の場所、目的の場所がはっきりあることは素晴らしいと思います。

その中で、岡山学芸館高校が優勝しました。下馬評では東山高校が優勢と聞きましたから、私は岡山学芸館高校をひそかに応援していましたのでびっくりするやら嬉しいやら・・・。

でも、私の尊敬するご住職で京都東山高校の出身の方がおられますから、声に出してはいません。

憚りがありましょう。

といっても、コロナ禍ですから、私の声が届くわけもないのですが。

次の日になってみると、「Jリーガー内定者が一人もいない雑草軍団」とかいうフレーズが目障りでした。

昨年のワールドカップで、日本代表が、優勝経験国であるドイツ、スペインに勝ったことから、日本のサッカーの力は、一流国の仲間入りができたのではないかと思っているのは私だけでなないでしょう。

少し前なら、ドイツなどと闘う時には、守りを固めてのカウンター勝負しか作戦は無かったと思います。しかし今回の森保監督率いる日本代表は、前線からのプレスで対等に試合を組み立てていました。

確かに、以前の日本代表にはヨーロッパなどの強豪チームで活躍する選手はほとんどいませんでしたから、強豪国と対戦する時には、戦う前から委縮して勝てる気配はありませんでした。

 

今年の高校サッカー選手権を見ていても、ほとんどのチームが前線からのプレスを当たり前のように行っていました。

変われば変わるものだと思いました。

私たちの人生も同じなのかもしれません。

日々の経験が明日の自分を作っていく。

何事も最後まで諦めることなく、「信じて」頑張りましょう。

そして、「笑顔で合掌」とお過ごしください。


 2022年12月8日 住職ご挨拶

 よいよ12月です。

師走です。早いもので今年もあと1ケ月となりました。

国産の口径治療薬が認証されたようですが、いまだに私たちの手元には届くことがないようです。ここまで頑張ってきたのですから、焦ることなく、今まで同様に、マスクの着用・手洗いうがい・ソーシャルデイスタンス・人込みを避ける・・・の励行が肝心です。

そろそろ年賀状を書かなければと郵便局に買いに行きました。

文案を考えていましたら、来るは来るは、今年はやたらと喪中のハガキが多く感じます。

一枚一枚手に取って読ませていただきますと、新型コロナ下でなければ、ご回向・お焼香に出向かなければならない方からのものが少なからずございました。

不義理をして申し訳ない。

という思いでいっぱいです。

一葉一葉に彼の思い出を、面影を、思い浮かべ懐かしく・・・。

 

日蓮大聖人は、晩年の弘安3年、聖人59『千日尼御返事』の中で、

 

落ちし菓も又なりぬ。

春の風もかわらず、秋のけしきも こぞのごとし。

いかにこの一事のみ かわりゆきて、本のごとくなからむ。

月は入りて 又いでぬ。

雲はきえて 又来る。

この人の出でてかえらぬ事こそ

天もうらめしく、地もなげかしく候へと こそ をぼすらめ。

 

と述べられています。

人間日蓮の真骨頂ともいうべき、人としての心の機微を誰よりも分かってくださっていると私は思います。たまりません。私は日蓮大聖人が大好きです。

 

しかしながら、我が身を顧みれば、

新型コロナ禍でなくてもお伺いが出来なかったのではなかろうか?と考えてしまいます。

はやく、元通りの体に戻らなくては!

焦っても、無理しても、戻るのは限度があるようです。

初心に帰り、一歩一歩進むことにしましょう。

一日一日を、精いっぱい頑張る。その積み重ねで、今年を乗り切る。

明年がすばらしい年になるためです。

いえ、明年を素晴らしい年にするためです。

それでは、いよいよ冬を迎えます。くれぐれもご自愛ください。

そして、「笑顔で合掌」とお過ごしください


 2022年11月17日 住職ご挨拶

 いよいよ11月です。早いもので今年もあと2ケ月となりました。

未だに新型コロナ感染症は終息しません。それどころか、感染者は第7波が終わったか終わらないうちに、また増え始めています。

私は、第5回目のワクチン接種の前に、インフルエンザワクチンを打ってきました。第5回目も江戸川病院で予約待ちの段階です。病気持ちですから、第1回目から万一のことを考えて通院している江戸川病院で第4回目まで打ってきましたから、第5回目も同じようにしたいと考えていますが、今までで一番予約が取りにくくなっています。

季節が半年違うオーストラリアでは、今年はインフルエンザが大流行したそうですから、日本でも大流行するのではないかと危惧されていました。

その懸念が当たってしまったようです。

ここにきて、インフルエンザと新型コロナ感染症(次から次へと変異株が発生しています。)を同時にかかってしまう人が増えているそうです。

いよいよ気を引き締めて感染予防に努めなければなりません。

だからと言って、新しいことを何か始めるということではなく、今まで通り、マスクの着用・手洗いうがい・人込みを避ける・・・です。

前から言っているように、国産の口径治療薬が認可され、手に届くようになるまでは、ワクチン接種だけが、予防できる対応策です。とにかく頑張りましょう。

 

さて、11月の月初めにこの「ご挨拶」を書き始めましたところ、次から次へと、大きな問題が発生しました。昨日は、「ロシア製のミサイルが、ウクライナの隣国ポーランドに打ち込まれ死者が出た。」というニュースが飛び交いました。

EUが会合を持ち、バイデン大統領がテレビに映し出され、どうなってしまうのか?心配でなりませんでした。

最初に聞いた時には、「ロシアがポーランドにまで戦争の範囲を広げたのか?」と思ってしまいましたが、時間が経つにつれて、「ロシアが打った」ではなく、「ロシア製のミサイルが撃ち込まれた」という表現に気づきました。EUもバイデン大統領も「事実関係をはっきりさせて」という言い方をしました。一説には、ロシアが攻撃したミサイルを迎撃するためにウクライナが打ったミサイルの可能性もあるようです。ここはきちんと精査して次に進むしかありません。

 

日蓮大聖人は、『曾谷入道殿御返事』(文永12年、聖寿54 )に

この経の文字もんじはみなことごとく生身しょうしんみょうかく御仏みほとけなり。

しかれども我等は肉眼にくげんなれば文字と見るなり。

れいせば餓鬼がきごうを火と見る。人は水と見る。天人は甘露と見る。水は1つなれど果報かほうに従いて別々なり。

この経の文字は肉眼の者は文字と見る。

二乗にじょう虚空こくうと見る。

菩薩ぼさつは無量の法門と見る。

佛は一一いちいちの文字を金色こんじきの釈尊と御覧あるべきなり

即持そくじ仏心ぶっしんとはこれなり。

 

と、私たちの見る目を考えさせられておられます。

それでは、いよいよ冬の季節を迎えます。くれぐれもご自愛ください。

そして、「笑顔で合掌」とお過ごしください。


2022年8月3日 住職ご挨拶

 令和4年は早くも半年が過ぎ、残り半年の後半に入りました。

新型コロナ禍。

国産の口径治療薬が承認され、安くて誰にでも手に入りやすくならなければ、消息出来ないことは以前にも書きましたが、まさに今、新型コロナ感染症は第7波となって猛威を振るっております。

経済活動のためとは言え、行動制限のない中、子供たちの夏休みを迎えました。

控えめとは言え、旅行も地方のお祭りも再開してきました。

花火はほとんどの処が中止にする中、「長岡大花火大会」が開催され、テレビ放送もあり、「やっぱり日本の夏は花火だよな。」などと・・・。

感染予防に真剣に取り組んできました。

感染予防に慣れてもきました。

新型コロナ禍、すでに、3年。

少しばかりの油断がありはしませんか?

第7波では、医療従事者の方々の感染、および家族による濃厚接触者が、第6波までとは比べようもないほどに多く、医療現場はひっ迫してきました。

今一度感染予防に力を入れましょう。

自分のために、家族の為に、医療現場のお医者様や看護師の方々の為に、日本の為に、世界の為に。

 

 

8月と言えば、「お盆。」です。

7月から甲子園に向けての地方大会が各地で繰り広げられ、いよいよ甲子園大会です。

私も甲子園を目指した一人ですが、その道は険しく、遠く、たどり着くことは無理でした。(笑)

さて、お盆15日ということはよく知られています。

しかし、7月盆があったり、8月盆があったり、13日から15日までとか、13日から16日までとか、いろいろなお盆が行われていますが、何が正しいのでしょうか?

答えは一つではない。ということが答えなのかもしれません。

例えば、お盆だからご先祖様に沢山のお供え物をしましょう。と言っても、地域によって出来るものは異なります。

北は北海道から、南は九州沖縄まで、同じ時期でもできる作物・野菜・果物は千差万別です。

7月盆だから・8月盆だから、このお供えが正しいとかいうものはありませんよね。

それぞれの地域の人が、「こうすればご先祖様が喜んで下さるだろう」との思いが、長い間、積み重なって、今の形が生まれてきています。

キュウリの馬に乗って、少しでも「早く家に帰ってきて」ほしい、と願いました。

その当時には馬が一番早い乗り物だったのですね。

昔、お棚経に伺った檀家さんの仏壇に、お孫さんが自分のおもちゃのスーパーカーを飾っていました。キュウリの馬よりもっと早く帰ってきてくれると考えたのでしょうね。可愛いですね。

さらにこの子は、自分の大好きなガリガリ君をお仏壇に供えていました。

きっと、亡くなられたご先祖様(おじい様?)に可愛がられたのでしょうね。

この子の「思い」が伝わります。

先祖供養とはこの「思い」なのです。

 

お盆の出発は、お釈迦様の十大弟子のお一人の「目連尊者」が亡き母の来世を神通力で見て、餓鬼界に堕ちていた母親を救う。自分の力では救えずお釈迦様の教えを頂いて、その通りに大勢の僧侶の読経によって母親を救うことが出来たことによります。

日蓮大聖人が『盂蘭盆御書』というご遺文に書いておられますので、ご自身で日蓮大聖人の御手紙の一説を直にお読みください。日蓮大聖人の声を直にお聴き願います。

 

『盂蘭盆御書』

盂蘭盆と申し候ことは、仏のお弟子の中に目連尊者と申して、舎利弗にならびて智慧第一・神通第一と申して、須弥山に日月の並び、大王に左右の臣のごとくにをはせし人なり。この人の父をば吉懺師子と申し、母をば青提女と申す。その母の慳貪の科によて餓鬼道に堕ちて候しを、目連尊者の救い給ふより事をこりて候。

その因縁は母は餓鬼道に堕ちてなげき候ひけれども、目連は凡夫なれば知ることなし。幼少にして外道の家に入り、四井陀・十八大経と申す外道の一切経をならいつくせども、いまだその母の生処をしらず。その後十三のとし、舎利弗とともに釈迦佛に参りて御弟子となり、見惑を断じて初果の聖人となり、修惑を断じて阿羅漢となりて三明をそなえ六通をへ給へり。天眼をひらいて三千大千世界を明鏡のかげのごとく御らむありしかば、大地をみとをし三悪道を見ること冰の下に候魚を朝日にむかいて我等がとをしみるがごとし。その中に餓鬼道と申すところにわが母あり。

飲むことなし。食らうことなし。皮はきんてうをむしれるがごとく、骨はまろき石をならべたるがごとし。頭はまりのごとく、頸は糸のごとし。腹は大海のごとし。口をはり手を合わせて物を乞える形はうえたるひるの人のかをかげるがごとし。先生の子をみてなかんとする姿,飢えたるかたち、たとえをとるに及ばず。いかんが悲しかりけん。(中略)

目連尊者はあまりのかなしさに大神通をげんじ給い、はんをまいらせたりしがば、母よろこびて右の手にははんをにぎり、左の手にてははんをかくして口にをし入れ給ひしかば、いかんがしたりけん、はん変じて火となり、やがてもへあがり、とうしびをあつめて火をつけたるがごとく ぱともへあがり、母の身の ここ ここ と やけ候しを目連見給ひて、あまりあわてさわぎ、大神通を現じて大いなる水をかけ候しかば、その水たきぎとなりていよいよ母の身のやけ候しことこそあわれには候しか。その時目連自らの神通かなわりしかば、はしりかへり、須弥に佛にまいりて、なげき申せしやうは、我が身は外道の家に生まれて候しが、佛の御弟子になりて阿羅漢の身をへて、三界の生をはなれ、三明六通の羅漢とはなりて候へども、乳母の大苦をすくはんと候に、かえりて大苦にあわせて候は心うしとなげき候しかば、

佛説て云く、汝が母はつみふかし。汝一人が力及ぶべからず。又多人なりとも天神・地神・邪魔・外道・道士・四天王・帝釈・梵王の力も及ぶべからず。七月十五日に十方の聖僧をあつめて、百味をんじきととのへて、母の苦はすくうべしと云々。

目連佛の仰せのごとく行いしかば、その母は餓鬼道一劫の苦を脱れ給ひきと、盂蘭盆経と申す経にとかれて候。それによて滅後末代の人々は七月十五日にこの法を行ひ候なり。此れは常のごとし。

                                                       

さあ、いまだコロナ禍です。このところ第7波ともいわれる感染者数が増大しています。

用心に用心を重ねて、家族そろっての笑顔で、毎日機嫌よくお過ごしください。

「笑顔で合掌」とお過ごしください。

 


●2022年6月5日 住職ご挨拶

 令和4年は早くも半分に成ろうとしています。

 新型コロナ感染症、ロシアによるウクライナへの侵攻で来る日も来る日も過ぎたような感じがしています。どちらも決定的な解決策が見当たりません。

考えられる限りの対応策を、用心に用心を重ねてまいりましょう。

改めて日本に生まれた幸せを感謝しなくてはならないと思う今日この頃です。

さて、例年、6月は寺の年中行事もなく、ゆったりとした時間の過ぎる頃です。そのために、寺院の組織の全国代表者会議や、それぞれの地域ごとの講習会、研究会議などがこの時期に開催されることがほとんどでした。しかしながら、今は新型コロナ禍です。

縮小のみならず、全く開催されていないのが現状です。もっとも、上記の全国大会や勉強会のみならず、宗門の大切な教育機関も新型コロナ禍で中止になっていますから、そちらの方が、実は大問題だと考えておられる方は少なくありません。

現状では、とにかく新型コロナ感染症が終息することを祈ることしか為す術がありません。が、応分な救援策も必要なのではないかと思うのです。

政府にせよ、宗門にせよ、未曽有の新型コロナ感染症ですから、何をするにも前代未聞のことになりますから、良い悪いはもちろんの事、厳しいことも言うつもりはありませんが、何もしないことは一番よくないことだと思うのです。

ちなみに、私は高齢者(60歳以上)でもありますが、既往症患者でもありますので、4回目のワクチン接種の案内が来たら、すぐに予約して接種するつもりです。

自分がうつれば「死に直結する。」と主治医から宣告されていますし、周りに大きな迷惑・負担をかけますから。

 上にも書きましたが、感謝をすることは、「報恩感謝」。恩に報いることです。

日蓮大聖人は、「恩」「知恩」「知恩報恩」と教えます。

日蓮大聖人ご遺文『四恩鈔』には、

「仏法を習う身には必ず四恩を報ずべきに候か。四恩とは心地観経に云く、一には一切衆生の恩、二には父母の恩、三には国王の恩、四には三宝の恩」とあります。

一から三までは、世間の恩に対し、四は仏法僧三宝の恩ですから出世間の恩です。また、これに「師の恩」を加えることもあり、また国王の恩を「国土の恩」「生国の恩」とも言われます。

いずれにしても、日蓮大聖人が報恩をいかに大切な徳目と考えておられたのかは、ご遺文のあちらこちらに沢山見出すことが出来ます。

 

『開目抄』の冒頭には

「夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり、所謂主・師・親これなり」

「儒家の孝養は今生にかぎる。未来の父母を扶けざれば、外家の聖賢は有名無実なり。外道は過去を知れども父母を扶くる道なし。仏道こそ父母の後世を扶ければ聖賢の名はあるべけれ。然れども法華経已然等の大小乗の経宗は自身の得道なをかないがたし。何に況や父母をや。只文のみあて義なし。今法華経の時こそ、女人成仏の時,悲母の成仏顕われ、達多の悪人成仏の時、慈父の成仏も顕るれ。この経は内典の孝経なり。」

 

『報恩鈔』の冒頭には

「夫れ老狐は塚を後にせず、白亀は毛宝が恩をほうず、畜生すらかくのごとし。いわうや人倫をや。いかにいわうや、佛教をならはん者の、父母・師匠・国恩を忘るべしや。」

 

浅学を顧みずにいうなれば、日蓮大聖人の御生涯は、報恩に始まり報恩に結ばれたと言えるのではないでしょうか。

始まりは清澄寺への勉学そして出家です。

「父母の家を出て出家の身となるは必ず父母をすくわんがためなり。」

京畿遊学の成果・国家諌暁では、中学校の教科書にもその名が載っている『立正安国論』には

「これ偏へに国土の恩を報ぜんがためなり。」

などなど枚挙にいとまがありませんので字数の関係にてこの辺りにしますが、私の大好きなお言葉に

 

「法華経は孝経なり。」

というお言葉があります。

私は、毎朝、要法寺の御宝前にてお勤めをさせて頂いておりますが、「今日も生きております。元気に仏さまにお給仕させていただけます。ありがとうございます。」と、感謝を申し上げてからお経を始めています。

皆さまも、ご自宅のお仏壇の前で毎朝お灯明お線香を供えて手を合わせておられることと思います。この時に、「今、生きていることに感謝をしましょう。今生きているこの命は、ご先祖様が繋いできてくださった命です。ご先祖様のおかげです。」と感謝を込めてお参りしてはいかがでしょうか。決して、今日、何かいいことが起こりますように・・・。とかうまい汁がすすれますように・・・。

などと、欲望の願い事などはなさらないようにお願いします。

 

さあ、いまだコロナ禍です。家族そろっての笑顔で、毎日機嫌よくお過ごしください。

「笑顔で合掌」とお過ごしください。


●2022年4月2日 住職ご挨拶

「暑さ寒さも彼岸まで」とは、日本人が言い得て妙なる言葉の代表かもしれません。しかし今年は、4月に入っても、桜が咲き始めても、まだまだ、寒さがこびりついた年でした。しかも、いまだ新型コロナ禍です。さらに、ロシアというのかプーチンというのか、理不尽なウクライナ侵略という未曽有の戦争が起こっていますから、余計に寒さが身に応えているのかもしれません。

本来ならば、4月のご挨拶はお釈迦様の生誕祭『花まつり』から始めることが常識なのかもしれません。お許し願いたいと思います。

さて、例年の気候でしたら、春季彼岸法要にて御宝前の日蓮大聖人にかぶせている『綿帽子』を取り外します。今年は寒かったので時期をずらして4月に入ってから『綿帽子』を外しました。それはまるで生きている日蓮大聖人にお仕えする心持です。

『綿帽子』の由来はご存知でしょうか?

御存知の通り日蓮大聖人は、「大難4ヶ度、小難数知らず」というほど迫害に合っています。これは全て法華経に書いてある如くの実体験(色読シキドク)といって、ご自身が「法華経の行者」という自覚に立たれた大切な人生です。

承応元年(1222)2月16日安房の国東条郷小湊の生まれです。海辺には時ならぬ蓮の花が咲き泉が湧き出たと伝えられています。数え12歳で天台宗の名刹清澄寺にのぼり、道善房のもとで教育を受け、16歳で正式に出家し、是聖房蓮長と名乗りました。

清澄で勉強を重ねる内に様々な疑問が湧きおこります。人知を超えた疑問に、清澄寺のご本尊『虚空蔵菩薩』に「日本第1の智者となしたまえ」と懸命に祈ります。その後、鎌倉にて勉強を重ね、改めて比叡山の横川定光院を拠点に京都奈良の諸大寺で万巻の書物を読み、多くの学者と討論をされました。そして、お釈迦様が本当に説きたかった教えは『法華経』であることに至りました。

建長5年(1253)「清澄に帰っての信仰の告白」「京畿遊学の成果発表」すなわち『立教開宗』

文応元年(1260)『立正安国論』上奏

弘長元年(1261)『伊豆流罪』

弘長3年(1263)伊豆流罪が赦された日蓮大聖人は鎌倉に帰られ再び活動を始めます。

翌弘長4年(1264)母親の病気見舞いに故郷の安房に帰り寿命を延ばします。天津の信者である工藤吉隆の招きに応ずる途中、小松原で東条景信に襲撃されました。10人ほどの一行は奮戦しましたが、日蓮大聖人は眉間に傷を受けました。弟子の鏡忍房と助けに駆け付けた工藤吉隆もなくなりました。これを『小松原法難』と言います。

この時の眉間の傷は、寒くなると酷く痛みます。日蓮大聖人は寒さ除けの為に頭巾をかぶられたそうです。

それ以来七百数十年が経っておりますが、日蓮大聖人をお慕いする私たち日蓮大聖人の弟子は、寒くなると「日蓮大聖人」に『綿帽子』をつけさせていただきます。

決まり事だから『綿帽子』をかぶせるのではなく、日蓮大聖人があたかも生きておられる如く、お給仕申し上げるのです。他宗からは「日蓮宗は仏様一辺倒ではなく宗祖への思い入れが他の宗派とは全く違う。」と言われたことがありますが、当たり前なのかもしれません。

さあ、いまだコロナ禍です。家族そろっての笑顔で、毎日機嫌よくお過ごしください。

 「笑顔で合掌」とお過ごしください。


●2022年3月2日 住職ご挨拶

「春よ来い 早く来い」と謡っていましたら、「雪やこんこん」と空から白いものが降ってきましたのは、つい先日のことのように記憶しています。

季節の移ろいの速さには、驚くとともに嬉しくもあります。

2月を如月と言いますが、調べ物をしていてこのような言葉に遭遇しました。

「如月とは萌揺月(きさゆらぎつき)、草木が萌えいづる月の意である。」

もちろん2月を如月と呼んでいた時代は、今の太陽暦ではなく旧暦の時代ですから、実際の季節感とずれているのですが、皆さんはどう感じられましょうか。

さて、いまだ新型コロナ禍です。

新たなウイルスは、オミクロン株、さらに変化形が生じています。

私もこの4日に第3回目のワクチンを打ちます。病気がありますし、令和1年に小脳の手術をしていますから、手術をしていただきました病院にて予約しました。

現状東京都で1万人を超える新規感染者が出続けている1つの要因が、ワクチン接種していない人から人への感染と考えられています。

殊に、低年齢者層の感染が防げていません。クラスターもこの年齢が多いように聞きました。

子どもにワクチンを積極的に打てるかどうかはとても難しいことだとは思いますが、病気を持っている子供さんは結構積極的にワクチン接種をしているようです。ある父兄が「もしもの時に、あの時ワクチンを打っておけば良かった。と後悔だけはしたくない。」とテレビのインタビュウにこたえていました。

私もまったく同感です。だから3回目の予約が取れてホッとしました。

ロシアがウクライナに侵攻しました。核をちらつかせての脅しは言語道断。許せない。

とはいえ、政治的なことに踏み込むのはやめます。

 

 さて、3月と言えば、卒業式。

人生の大きな「節目」です。

そして、桜。待ちに待った「春」の到来です。

春季彼岸法要  ご先祖様も春と一緒に皆さんがお墓参りに来て下さることを、切にお待ちかねだと思います。

長引くステイホームは生きている私達ばかりではありませんね。お墓でじっとステイホームしておられるご先祖様がお待ちかねです。まるで、長いご無沙汰の里帰りみたいなものでしょうか。何をお土産にお参りしましょうか。

家族そろっての笑顔が一番でしょうか。

毎日機嫌よく、笑顔で合掌とお過ごしください。


●2022年

新年あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

気が付くと、新型コロナ禍もすでに丸2年。第5波が落ち着きを見せて、感染者数はかなり減少して一安心、と思っていましたが、政府や小池都知事が心配していたように、年が明けると、感染者数が増加してきました。このままいくと第6波になりかねません。

一部の人は、「オミクロン株はインフルエンザと同じで、感染力はとても強いが重症化しない。」と言います。しかしまだまだ正体がわからないオミクロン株ですから、今まで同様に、手洗い・うがい・手指の消毒・マスク着用・ソーシャルディスタンスなど三密回避・ステイホーム・・・を心がけて、用心に用心を重ねて、辛抱強く生き抜くしかありません。

不謹慎かもしれませんが、新型コロナウイルスは、デルタ株やらオミクロン株やら、一時期のミュウ株やら、どんどん変化しています。見方によっては、進化しているとも考えられます。一方、私たちはどうでしょうか?ウイルスに負けないほど進化できたでしょうか?

第5波の終息時、あれほど感染者数を減らすことが出来ました。

日本国民全員の努力の賜物だと思います。もっと褒めてもらってよいことだと思います。

皆さん、よく頑張りました。パチパチパチ。

 

 お正月と言えば、今では「箱根駅伝」を抜きにできません。

青山学院大学の「パワフル大作戦」がズバリ当たり、圧倒的な強さで優勝しました。残ったのは、全区間区間賞くらいではないでしょうか。全選手が実力を発揮できたことに感心しました。

青山学院大学には、「青山学院大学メソッド」と呼ばれる選手を育成する仕組みがあるといいます。ただ単に走ることの積み重ねではなく、体幹を鍛えたり・・・、バランスを鍛えたり・・・。

私には詳しいことはわかりませんが、原監督は、自信をもって発言しておられました。また、私の読んだ新聞には、今人気絶頂の「ビッグボス」こと、北海道日本ハムファイターズの新庄新監督が、昨年プロ野球トライアウトを受けたときに、青山学院大学の原監督に指導を受けたことが載っていました。誰も新庄が日本ハムの監督になるなどと思ってもいないときに、原監督は新庄に「この努力が、あなたが監督を務めるときに必ず生きてくる。」と助言された・・・とありました。

原監督という人は、何を、どのように、見ておられるのでしょうか。


●2021年

令和3年も気が付くと、もう、残り2か月余になりました。

令和元年から、ずうっと新型コロナ禍で過ごしてきました。私たちの日常が大きく変わったことはどなたも承知のことです。手洗い・うがい・手指の消毒・マスク着用・ソーシャルディスタンスなど三密回避・ステイホーム・・・。

このような中で、不自由な中で、日常を顧みたことがどれほどあったことでしょうか。

用心に用心を重ねて、頑張り続けましょう。

さて、11月3日に、当山(要法寺のことです)では、宗祖日蓮大聖人の御会式を行います。

御会式は、オエシキと読みます。日蓮大聖人の御命日は、弘安5年(1282)10月13日午前8時と言われています。現在も行われているお会式の万灯供養練行列が夜通し行われているのは、遠くから、池上本門寺様の午前8時に鳴らされる「臨滅度時の鐘」に間に合うようにするには、夜通し歩き続けなければ、間に合わなかったことからです。

現在の池上本門寺の隣にありました、大信者の池上宗仲の屋敷で亡くなられました。現在の池上大坊本行寺様です。

僧侶が亡くなることを「遷化(センゲ)」と言います。布教する場所を遷すという意味だそうです。特別には、「入滅(ニュウメツ)」とも言います。

日蓮大聖人の場合は、「ご入滅」という方が正しいのかもしれません。私くらいだと「遷化」であって「入滅」などと言うと、笑われます。

お生まれになられたのは、承久4年(1222)2月16日です。お釈迦様がご入滅になられたのが2月15日ですから、覚えやすいですね。ちなみに、今年は降誕800年でした。本当なら、日蓮宗の北は北海道から南は沖縄まで、全国の日蓮宗寺院がこぞって、盛大に、お祝いの法要を行う予定でしたが、新型コロナ禍で縮小されてしまいました。残念です。

ともあれ、何故,御命日が10月13日なのに、当山は11月3日にお会式を行うのかというと、お会式には檀信徒はもちろん、近郷のお付き合いの深い日蓮宗寺院の住職様方がお手伝いを兼ねて、お会式法要に参加してくださいます。本山のような大きな日蓮宗寺院が、まず、10月13日の御正当にお会式法要を行います。大勢の縁の深い日蓮宗寺院の住職様方がお手伝いに集まられます。その次に大きなお寺様から順々に、日にちをずらして、お会式の法要を行っていかれます。ここで無理に日にちを設定してもお手伝いに来て下さる日蓮宗寺院の住職様方はおられません。これを考えれば、11月3日は、結構早い日程と考えてよいのかもしれません。しかも、「文化の日」で、国を挙げて、要法寺のお会式を祝日にしてお祝いしてくれています。‼?(笑) 

私の知っている限りでは、12月に入ってから御会式を行っている寺院もあります。

残念ながら、いまだ新型コロナ禍です。

昨年から続けているように、感染対策として、年中行事は寺族のみで法要を行います。

感染者数が減少しているとはいえ、治療薬が手に入るようになり、安全が確保できるまでは、感染対策として、寺族のみにて、法要を行ってまいります。

お申し込みくださいました檀信徒皆様の、思いを、心をお届け申し上げます。

愚痴や不平は、心からも顔からも豊かさである微笑みを遠ざけます。

感謝の心で生きていれば、自然に笑顔で生きている自分に巡り逢うことが出来るでしょう。

そして、全ての生きとし生けるものへの感謝が合掌の心です。

目指すのは、「笑顔で合掌」です。

合 掌


●2019年1月

明けましておめでとうございます。

私たちの命は、母親のお腹の中での十月十日(とつきとおか)から始まりますから、数え年が命の長さになります。

 佛教は、目に見えていない真実を教えてくれています。

「生きるために生きる。」それは感謝の心で、正しく生きることです。

父母に感謝! そして、ご先祖様に感謝!

 

日蓮宗「今月の聖語」には相応しい日蓮大聖人の『開目抄』のお言葉がありますので載させて頂きます。

四恩を知って 知恩報恩を ほうずべし

 

 

今月の聖語解説

―新年を迎えてー

「借りた笠、雨が上がれば邪魔になり」

耳にいたい言葉ですね。私たちは受けた恩を往々に忘れがちです。これは凡夫の性かもしれません。しかし、それが人間関係のトラブルの原因になっていることも否定できないでしょう。だからこそ辻の苦を心に刻む努力が必要ではないでしょうか。

「かけた情けは水に流せ。受けた恩は石に刻め。」

今年の座右に置こうではありませんか。

―日蓮大聖人御遺文『開目抄』―文永9年(1272)世寿51才

日蓮大聖人の文書で最重要なのが『立正安国論』『開目抄』『観心本尊抄』です。これを「三大部」とも言います。ここに最重要の教義が吐露されています。

「末法」という、生きる指針が喪失されている現代、私たちを覚醒させる祈りが本抄には込められています。

「四恩」とは、①命を与えてくれた親、先祖の恩。②師として教導してくれた人々の恩。③国土環境の恩。④すべての源である御本佛の恩。これを常に我が心魂に留めて生きていくことが説かれています。

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


●2018年5月

要法寺がホームページを開設しました。

 お寺には、古き良き伝統が今なお受け継がれていますが、この頃の社会の変化はめまぐるしく、日本人の心は、古き良き伝統とは懸け離れてきてしまっているように思われます。

 その大きな要因の1つは、お寺からの情報発信がないからではないかと思われます。日本という国の成り立ちから、佛教が文化をも一緒にこの国を平安に、そして豊かに導いてきました。当山にも江戸川区有形文化財『筆子塚』がありますが、江戸時代からお寺が教育機関として地域社会に大きな役割を担ってきていました。

 戦後の混乱から、復興を成し遂げるために、日本人は将来の勤勉さを発揮して、高度経済成長・バブルという時代をむかえ、アナログからデジタルへ、そろばんからパソコンへ、そして、欧米列強に並ぶ経済大国になりました。

 ところが、心よりもお金という、目に見える損得ばかりを日本人は追い求めていました。

 本当に大切なもの、こころの豊かさとこころの清らかさを、見失ってしまいました。

 この世の時代を終える「その時に」、私の人生は幸福だったなあといえますか?本当の幸福になれていますか?

いろいろと発信していきたいと思います。